受験百景(予備校講師のブログ)

英語、数学、国語などを教えています。「受験」や「入試問題」に関係する話、日々の雑感を様々な視点から書きます。備忘録も兼ねていますので、くだらない話もあるかもしれません。

東大コンプを背負わないためには、東大に行っておけばよい

 

久しぶりに、林修『受験必要論 人生の基礎は受験で作り得る』(集英社)を読みました。

 

 

 

自分の記録によると

・2013年10月15日

・2015年11月17日

・2015年12月22日

に読んでいるので、4回目の読了です(約5年ぶり)。

 

何度読んでも面白い本ですが、今回は「東大に行くべき理由」を実感しました。

 

印象に残った部分を引用させていただきます。

 

 文系でたまに、自分は文系科目は素晴らしくできたが、数学が苦手だったから、極端な場合、数学が0点だったから東大に落ちたとおっしゃる方がいらっしゃるんです。僕自身、何人もこういう方に(特に予備校講師に)お目にかかりましたが、これは大きな間違いです。

 なぜなら、うちの優秀な文系スタッフの入試の開示得点を見ると(最近の東大は、入試で何点取ったかを受験生にちゃんと伝えるんです。しかも、不合格者には先に。これは、あと何点で合格だったんだから、すぐに対策を始めましょうねという大学の思いやりの表れなのかもしれません)、数学が0点だったとしても十分合格していたというケースがほとんどなんです。つまり、英語、国語、社会といった文系科目で十分な点数を取っていれば、合格可能なんです。それを社会に出て何年も経っているのに、数学ができなかったから落ちたというのは、どうなんでしょうね。

 また、〇〇大学に行った理由として、本当は××大学に行きたかったが落ちたから、仕方なく〇〇大学に行ったというようなことを、こちらが聞きもしないのにおっしゃる方にときに出会います。これは、本当は自分の実力は、実際に行った〇〇大学ではなく、落ちた××大学の方なのだということをおっしゃりたいんでしょうが、実際に行かれたのは〇〇大学なんですから。それに、仕事の相手として見ている場合には、どこの大学を出たかなんてどうでもよいことなのに、ことさら本人がそうおっしゃると、この人は一生こういうコンプレックスを抱いて生きていくんだなあ、とただただマイナスの評価を募らせるだけです。だったら、胸を張って『〇〇大学卒です』と言った方が、よほど気持ちいいんですがね。

 

 

上記の文章にもあるように、数学や理科が出来なくて東大(文系)に落ちたという予備校講師がたくさんいます。

 

しかし、本当は「数学や理科での失点を取り返すほどは、文系科目が得意でなかった」ということになるのです。(本人は気づいていないかもしれませんが、周囲の人からはこういう目で見られていますよ。)

 

特に、東大に行けなかったという現代文や古典の講師は非常に危険です。

 

得意なはずの国語も、数学や理科の失点を埋め合わせることができなかったという程度のレベルですし、何よりも「現代文や古典に勉強時間を割くべき」という的外れな指導を行いがちだからです。(なぜ的外れなのかはここでは省略します)

 

ちなみに、自分が習っていた国語の先生は「国語を勉強している暇があったら、英語や数学をやれ」というまともな人でした。運が良かったです。(その人は東大卒で、数学が得意な人でした)

 

予備校講師に限らず、自分の出身大学を異常なまでに気にするひとがいます。

 

聞いてもいないのに、「××大学に落ちた」というように、不合格になった大学を紹介し出す人もいます。(あなたはそこに合格していないのだから、全く無関係な学校ですよ…)

 

そして、そのコンプレックスが日々の生活の質や幸福度を圧倒的に下げてしまっています。

 

予備校講師に関して言えば、東大出身でないのに東大クラスを担当している人にはそういった方もいます。

 

東大志望の受験生から「お前は東大に行っていないのに、何を偉そうなことを言っているんだ」と思われていないのか、内心びくびくしているのです。

 

予備校に限らず、一般企業でも同様です。

 

「東大出身のあいつがどんどん昇進していくのに、自分は…」と思うわけです。

 

そんな心配をしている暇があったら、自己研鑽をして実力を発揮すればよいのですが、なかなかそうはできず学歴に固執するのです。

 

 

 

 

 

ここまで書いてきたような問題は、東大に合格することにより解決されます。

 

「東大に行くべき理由」を簡単に言えば

 

「余計な心配をする必要がなくなる」

 

ということです。

 

ドラゴン桜」という漫画で「バカとブスこそ東大に行け」というセリフがありましたが、まさしくそういうことです。

 

些細なことでも心配するような普通の人は東大に行くことにより、そして卒業することにより、人生の質を向上させることができるのです。(大きな心配事がひとつ減るだけでとても楽になります)

 

当然、実力や能力のある人は東大などにこだわらず、自分の好きなようにやっていけばよいでしょう。

 

 

 

 

 

興味があれば、過去の記事もお読みください。

 

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